#柏戦車で行く ~柏の軍都の歴史~

#柏戦車で行く
ということで、戦車で柏にお越しの皆さまへ。

とはいえ、もし戦車で来られるのであれば、陸上自衛隊の施設が最も適切な場所かもしれません。
正式名称は 陸上自衛隊 柏高射教育訓練場 です。

……と言いたいところですが、
※くれぐれも本当に停めようとはしないでください

まぁ、過去は旧日本陸軍で、今は陸上自衛隊の施設があるのは本当のことです。

柏はかつて“軍都”だった

現在の柏市は駅前の商業地や住宅街のイメージが強いですが、1930年代〜1940年代にかけては軍事的に重要な役割を担っていました。

帝都防空の航空基地としての柏飛行場

1937年(昭和12年)、陸軍は東京周辺の防空を強化するため、現在の柏の葉エリアに 陸軍 柏飛行場 を建設しました。
この飛行場は、太平洋戦争期に首都圏防空の拠点として機能し、B-29爆撃機迎撃のための戦闘機部隊が配置されていました。

中でも注目されるのが、ロケット推進戦闘機 「秋水(しゅうすい)」 の開発です。
秋水はドイツ空軍のロケット機をモデルに、日本軍が高度1万メートルを超える敵機迎撃を目指して試作した機体で、柏飛行場はその研究・訓練・準備の拠点の一つとされました。

戦跡として今に残るもの

戦争が終わってから何十年も経った今でも、柏市内やその周辺には当時の痕跡が残っています。

秋水燃料庫跡

柏の葉地区では旧日本軍が秋水用の燃料を貯蔵した燃料庫の跡が発見され、公園内で保存・公開されています。
この燃料庫跡は、太平洋戦争末期の先端技術開発と、その記憶を伝える“戦争遺跡”として保護されています。

高射砲連隊の演習施設

また、旧陸軍の 高射砲第二連隊 に関する演習施設も残っており、近年保存改修・文化財登録が進んでいます。
ここでは、当時の高射砲部隊が訓練していた施設の一部を見ることができます(※内部一般公開は限定的です)。

戦後と“柏の葉”の変遷

戦後、柏飛行場などの軍事施設はアメリカ軍によって一時的に接収され、終戦後の混乱期を経て返還されました。
その後、広大な敷地は住宅地・研究都市として再開発され、今では 柏の葉スマートシティ として大学や研究機関、先進的な街づくりのモデル地区になっています。

街に残る“戦前〜戦後”の名残

軍都としての歴史は、単に“戦争のため”だけでなく、

  • 当時の最先端技術の研究
  • 産業・インフラ形成
  • 戦後の都市再構築

という意味でも、今の街のベースに影響を与えています。
また、軍人を接待するために料亭や芸者文化が栄えたというように、人々の暮らしや文化も変遷を経て現在に繋がっています。
昔、HANAO Cafeというカフェがあったのですが、芸者が使う下駄の鼻緒を作る工場跡地を利用したことからその名前がつけられました。今では鶏肉がメインの串焼き居酒屋になっています。

同じ通りに料亭の雰囲気の鰻料理屋や蟹料理屋が並んでいます。通りの雰囲気だけでもぜひ立ち寄ってみてください。

参考(公式/史料)

柏市公式「軍事基地としての歴史」
https://www.city.kashiwa.lg.jp/bunka/about_kashiwa/culture/rekishi/rekishi/gunjikichi.html

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